[CLIP]この男から目を離すな 〜スティーブ・バノンの野望〜 「第2回 スティーブ・バノンの軌跡」

「第2回 スティーブ・バノンの軌跡」

 スティーブ・バノンにはいくつもの顔がある。今はインターネット・メディア『ブライトバート』の経営者のそれであり、ここを通じて右派の論陣を張っているが、つい先だってまでは“世界の最高権力者”を操縦する戦略官で、かつてはハリウッドの映画プロデューサーでもあった。

 バージニア州ノーフォーク生まれのバノンは、『AT&T』に務める勤勉な父の下、地元バージニア工科大学に進み「都市計画」を学んだ。卒業後、ジョージタウン大学大学院にて「安全保障論」で修士号を修め、さらに、ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得。この間の、うち7年間を海軍大尉とし兵役にあり、実際、太平洋艦隊の水上戦将校として前線に立った。アメリカ本土にあっては、国防総省の海軍作戦部長の特別補佐官の任務にもあたっていたのである。

 退官後、『ゴールドマン・サックス』に身を置き、M&A部門を担当した(1984〜90)が、1987年10月の“ブラックマンデー”を現役の金融マンの一人として目の当たりにした。
この株価大暴落の大恐慌に世界中の多くの人たちが人生を狂わされるほどの損害を被ったわけだが、その中の一人にバノンの父がいた。『AT&T』で真面目に築き上げてきた財産を一夜にして失う羽目となり、ウォール街の最前線でこの“経済事件”を目撃したバノンは、このような状況を生み出してしまった政治に対して激しい憤りを抱いたという。これがその後のバノンの進む方向に大きく影響したと言われている。

 その直後の1990年、バノンはメディア専門の投資会社を設立し、保守派の市民運動のティーパーティーを称賛する映画を製作した。
ハリウッドの映画プロデューサーデビューであるが、華やかなエンターテインメントの世界とはほど遠く、製作された映画のほとんどが右派の活動を支援する政治映画だった。
2012年、『ブライトバート・ニュース・ネットワーク』の創業者・アンドニュー・ブライトバートが亡くなると、後継者としてそれまでの活動実績を評価されたバノンに白羽の矢が立ち、会長に就任した。バノンの今日ある一大エポックと言っていいいだろう。というのは、トランプの大統領選の最大の資金提供者であるマーサー・ファミリー財団は同メディアの大スポンサーであり、大統領選で有権者のデータ分析で貢献した『ケンブリッジ・アナリティカ』の大株主でもあり、財団のオーナーであるロバート・マーサーとバノンが急接近することになったからだ。
結果、ロバートの推薦でトランプの選挙参謀となり、そのまま首席戦略官に就くわけだから。ただ、バノンの華やかな表舞台への登場は少々急がされたかもしれない。洋の東西を問わず、突出した人事はどこからともなく妬みや不満が伴うものである。

 たとえば、リベラルを御旗に掲げる『ニューヨークタイムズ』は早速、バノンの過去の離婚歴を取り上げ、その際に彼が元妻の喉元と腕を掴む暴力を冒し、“双子の娘を連れて家を出る”と脅迫していたと報じた。また、研究施設の所長だった1990年代に、“女性を侮辱し、挑発的で猥褻な言葉を投げた”とセクハラで訴えられたこともあると。つまり、政権の要職に就いた御仁は性差別主義者で、人種差別主義者でもあるというのだ。

 履歴に関してはその通りだろうが、それだけを持って彼の人格ばかりか思想信条、その可能性までをも否定してしまうのは、訴訟大国アメリカにおいては珍しいことではないのだろうが、いささか乱暴に思えてならない。バノンという男の瑣細な行動や発言の上っ面をなぞって、過激さだけを抽出すれば確かにリベラル派の恰好の餌食となるが、まだ発揮されずに深淵に潜んだままでいる世界戦略はアメリカの近未来のあり方に一石を投じるに十分であると期待を禁じ得ない。
ホワイトハウスを去ったが、バノンの行動や発言にはトランプ政権=アメリカの行方を左右する鍵が隠されている。

(続く)